あしたのあたし

どんなふうに生きようか。

あの頃。

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こんにちは。

 

今日は仕事が休みなので

いつもよりゆっくり寝てしまいました。

 

今日から三月、庭の雪割桜も満開に近いです。

 

 

街中に買い物に出ると

花束を抱えた制服姿の学生さんをたくさん見かけました。

今日は卒業式だったんですね。

 

 

その姿を見ると、毎年と言っていいほど

自分の「あの頃」を思い出します。

 

私は中学・高校とほとんど学校に行っていません。

中学一年生の2月、大きな病気を発症してしまい

入退院を繰り返していました。

 

たまに登校しても

勉強はわからないし、みんなの話題にもついていけなくて

どこにも居場所がありませんでした。

それでも、みんなに追いつきたくて

一時間でも二時間でもいいからと、必死で制服に着替えて

家を出たりしていました。

 

 

中学は卒業できたものの

高校では単位が足りなくて、二年生から三年生に進級することができず

留年するくらいなら、退学して大検(現:高卒認定試験)を受けようと決めました。

 

高校最後の日、先生と部活のみんなが

運動場で、私の卒業式のようなことをしてくれました。

卒業証書ではないけれど、表彰状のようなものを用意してくれていました。

 

 

もしかしたら、とても感動的な場面だったのかもしれませんが

当時の私は、ただただ悔しくて

嬉しいって思うことができませんでした。

ありがたいな、って

それは本当に心からそう思ったけれど

みんなと同じように過ごせなかったことの悔しさのほうが

遥かに上回っていたのだと思います。

 

ああ、私はもうこの大好きだったセーラー服を着て

ここに来ることはないんだなと

そう思いながら校舎をグルっと見回したことを覚えています。

 

 

大検を一発合格すれば、みんなと同じ年度に高卒資格が取れると

一発逆転ホームランを狙った私の挑戦は

負けるわけにはいかない戦いだったので

猛勉強して、その賭けに勝つ(?)ことができました。

 

 

そして、卒業式の前日。

当時の後輩や友人から電話がかかってきて

「卒業式に来ませんか」と声をかけられました。

どんな思いでそこに居たらいいのだろうと迷ったけれど

一つの区切りとして出席することにしました。

 

 

もう制服は着られないし、卒業生の列に並ぶことはできないので

スーツを着て、父兄席に座り、涙を流しながら退場してゆく友人たちを

眺めていました。

 

 

その時もやっぱり「悔しい」という想いが強かったと思いますが

それでもそこに行くことができてよかったんだと思います。

 

 

あの時の感情を的確に呼び起こすことはもうできませんが

きっと辛かったはず。

あの頃の、あの日の私は強かった。そう思います。

 

 

こんな風に細かく当時のことを思い出すのは久しぶりです。

どこかで、思い出さないように封じ込めていたのかもしれません。

 

 

今日、こうしてここに書き記すことができて

よかった。